創業の地、茨城県日立市に建つ企業ミュージアム「日立オリジンパーク」は、日立の創業の精神やあゆみを紹介するミュージアム(小平記念館、創業小屋)とゴルフ場、クラブハウスからなる複合施設です。過去から未来へ日立グループのオリジンを表現する施設として、地域環境との調和をテーマに設計しました。日立を象徴する「樹」をモチーフとしたデザインは、豊かに成長した大樹をイメージしています。
【第36回 茨城建築文化賞 土木部長賞 受賞】
【2023年度 グッドデザイン賞 受賞】
PROJECT STORY 01
日立の創業の精神や1世紀を超えるあゆみを、未来に伝えていくために。
歴史的資産と自然環境との調和をテーマに、日立の新たな原点をデザインしました。
創業の地、茨城県日立市に建つ企業ミュージアム「日立オリジンパーク」は、日立の創業の精神やあゆみを紹介するミュージアム(小平記念館、創業小屋)とゴルフ場、クラブハウスからなる複合施設です。過去から未来へ日立グループのオリジンを表現する施設として、地域環境との調和をテーマに設計しました。日立を象徴する「樹」をモチーフとしたデザインは、豊かに成長した大樹をイメージしています。
【第36回 茨城建築文化賞 土木部長賞 受賞】
【2023年度 グッドデザイン賞 受賞】
関係者の所属・役職はプロジェクト遂行時のものです。
①②③
①創業小屋内部。創業製品の「5馬力誘導電動機」をはじめ貴重な史料が展示されている。
②展示ホールの通路。創業当時から現代へ、挑戦の歴史をヴィジュアルと共に展示。
③展示ホール。世界中の人々と取り組んできた社会課題解決の軌跡を紹介。
基本構想 展示計画松崎 仁思 Hitoshi Matsuzaki
2018年頃、創業者である小平浪平ゆかりのゴルフ場「大みかゴルフクラブ」の隣に、企業ミュージアムを造る話が持ち上がり、私はその計画段階から参加しました。日立製作所内に設置された検討委員会のメンバーと打ち合わせを重ね、基本構想をまとめる中で、私が重視したのは「言葉」です。多くの関係者がいるため、誰もが分かりやすい言葉でゴールを定め、思いをひとつにしようと考えました。そうして行き着いたのが「これまでの100年、これからの100年」でした。日立のあゆみを振り返るだけでなく、ここを通過点に次の100年につなげていきたい。日立の社員に創業の精神を知ってもらい、地域の皆さまや世界中のビジネスパートナーとの新たな対話が生まれる場としたい、という思いを込めた言葉でした。
日立の創業の精神を伝える「創業小屋」、過去から未来への対話の場となる「小平記念館」、建築意匠の権威、岸田日出刀氏設計によるクラブハウス「大みかクラブ」といった、日立の象徴的な建物群と、豊かな自然が残る周辺環境とが調和した100年後も色あせない施設にすること。それが、日立オリジンパークの設計コンセプトになりました。
ミュージアムの設計においては、どのような展示ストーリーを描くか、ソフトの設計がハードの設計に大きく影響します。そこで展示計画も含めて当社がトータルに手掛けました。私は前職で日立の100年史の編さんに関わった経験があることから、膨大な史料をひもときながら展示計画をリードし、デザインコンセプトを構築していきました。また、かつて社員だった方々にもヒアリングを行い、展示内容に反映していきました。
創業小屋では、創業製品である「5馬力誘導電動機」の開発当時の様子を復元し、残されていた当時の会話の音声を流すことで、より臨場感あふれる演出にしました。
小平記念館の展示ホールでは、創業者小平浪平の志と人物像に迫りつつ、日立が創業以来、世界中の人々と社会課題の解決に挑戦してきた軌跡を時の流れとともに紹介しています。そして、これからの100年につなげる展示として、来館者の皆さんに将来への思いをはせていただくインタラクティブコーナーを設けました。ここは、日立に入社した若者たちにとってもこれからどんなことに挑戦していきたいか考えられる場となっています。日立オリジンパークは、日立の原点に返る場であり未来に向けた出発点なのだという、強い意志が感じられる展示になったと思っています。
①②③
①木造平家の創業小屋。エイジングされ、当時の趣を感じさせる。
②ラウンジの什器にも、間伐材が使用されている。
③エントランスの通路。木、ガラス、コンクリートのコントラストが映える。
プロジェクト推進 意匠設計 工事監理平 昌樹 Masaki Taira
私は基本構想がまとまった段階で参画し、プロジェクトマネージャーとして基本設計、実施設計、工事監理に携わりました。かねてより美術館に興味があり、プライベートで美術館めぐりをしていたので、企業ミュージアムに携われるのを心待ちにしていました。
「これまでの100年、これからの100年」「周辺環境との調和」というコンセプトを建築で表現するために着目したのは、木です。緑豊かな自然と調和を念頭に、経年変化していく木の素材を生かした建築にしようと考えました。木造平家の創業小屋と、神殿造りの建物である「大みかクラブ」との融合も課題でした。新しく建てるミュージアムが四角いコンクリートの建物だと浮いた印象になってしまうため、RC※1造の建物に木造の切り妻屋根をかけ、屋根の勾配や天井の杉板張りなども、複合体として連続して見えるように配慮しました。鉄骨造で組み上げ、仕上げに木を張るという選択肢もありましたが、外見だけ取り繕うのは、「和」「誠」「開拓者精神」という創業の精神に反すると考えたのです。木やコンクリートなどの材料もできるだけ無垢のまま使用し、表面だけ見た目を整えるといった化粧はあえてしませんでした。
展示ホールにつながるエントランスは、特にこだわりました。大きくせり出したひさしと、照明や空調をラインにまとめた天井、これまでの経験を総動員して自ら図面を描きました。アプローチのスリット窓からは創業小屋が垣間見え、エントランスを抜けると正面のガラス越しに創業小屋が眼前に広がり、期待感を高めます。西日が差す時間になると光の筋が床に入るのですが、これがとても幻想的で、展示ホールに向かって歩くとタイムスリップするような感覚になります。
計画地は雑木林が生い茂っており、樹木の伐採は最小限としましたが、やむを得ず伐採したイチョウやマツは、エントランスのベンチや飾り壁、受付カウンター、ラウンジのテーブルなどに生まれ変わらせました。節が残っていて変色していても、できるだけそのまま、原木の良さを生かしています。経年変化も楽しみのひとつだと思いますし、かつてここにあった木々が新たな歴史を見守り続けるという物語を付与したかったのです。また創建90年余りになる木造クラブハウスについても次世代にバトンタッチできるよう、一般公開を前提に耐震補強や設備更新含む全面リニューアルを行いました。おかげさまで、2023年度グッドデザイン賞を受賞しました。その時の審査コメントの中に「1世紀を超えるストーリーに大きな価値がある 」という言葉があり、オリジンパークはそんな仕事だったのだと自分の手を離れた今、改めて実感しています。
①②③
①展示ホールのインタラクティブコーナー。天井の木の構造を見せる。
②地域に開かれた多目的ホール。豊かな自然と調和する、広々とした木の空間。
③歴史の重みを感じる大みかクラブ。耐震改修を施し、持続可能に。
構造設計蒲池 正 Tadashi Gabaike
全体を取りまとめる平のもと、構造設計のリーダーとしてプロジェクトに入りました。小平記念館の展示ホールは、展示を遮らないように柱のない無柱空間とし、創業小屋や大みかクラブと調和する切り妻屋根とするために、どのような構造にすべきか検討しました。難問ではありましたが、構造設計としてもやりがいのある仕事でした。RC造ではこれだけの展示空間を確保できませんし、RC造で屋根をコンクリートにし、その上に切り妻屋根を載せる方法では、木の構造の美しさを見せられません。そこで躯体をRC造で、屋根を木造とする混構造にすることを考えました。これを実現するには、取り合い部分など、構造上検討しなければならない事項が多々ありました。柱から柱までは約19mもの距離があり、普通の鉄筋を使用したRC梁(はり)ではたわみ、ひび割れが生じてしまいます。展示ホールにおいて大きな空間を実現、保持するため、RC梁ではなくライフサイクルコストが優れているPC※2鋼材を使用したPC梁を採用しました。
屋根の一部にはハーフPCa※3を採用し、型枠の削減や工期の短縮、CO2排出量の削減を実現しました。もっとも苦労したのは、地盤面の起伏です。計画地は片側が斜面になっており地面の高低差が5mもあったため、基礎のレベルをどこに設定するかが難しいポイントでした。
大みかクラブのクラブハウスはコアを採取して耐震診断を実施し、骨組みを解析し、耐震壁で補強して今の建築基準法をクリアするレベルに改修しました。地域交流の場としても利用される多目的ホールは、展示ホールと同じように躯体をRC造、屋根の一部を木造としています。その取り合い部分を窓にしたいという平のイメージがありましたが、そこは構造を優先させてもらいました。展示ホールの天井に、プロジェクターや照明などをつるすブドウ棚を設置したいという要望については、想定以上に重量があり、ブドウ棚を、屋根の木造梁で受けるべきか、躯体のコンクリート梁で支持させるべきか、骨組みが決まってからもずっと調整していましたね。
理想を実現するには、意匠と構造、設備、それぞれの設計チームが意見を出し合い、最適解を探していくことが重要です。難題もありましたが、チームメンバーとの円滑なコミュニケーションと連携が実現に導いてくれました。
松崎 仁思
Hitoshi Matsuzaki
私は前職を含めて日立グループの宣伝広告に長く携わっており、本プロジェクトは私にとって集大成のような仕事でした。日立は、世界有数のコングロマリット企業であり、歴史をさかのぼると日本の社会の転機に大きく関わっていることがお分かりいただけると思います。そしてその根底には人へのやさしさがあります。本施設を通じて日立の本当の魅力を多くのステークホルダーの皆さまに知ってほしいと願っています。
平 昌樹
Masaki Taira
必要な寸法や性能が予め明示されている物流施設や工場とは違い、ミュージアムには明確なスペック要件がなく、抽象的なイメージに対してどう答えるべきか悩んだこともしばしばでした。しかしその結果「100年の歴史を表現するにはこのくらいの通路の長さが必要だった」「経年変化する材料にこだわったことは、過去から未来へ続いていく表現にぴったりだ」と、納得のいく意匠になったと考えています。
蒲池 正
Tadashi Gabaike
本プロジェクトの設計チームは非常にチームワークが良く、意匠と構造、設備という異なる役割の人間が近くにいて、分からないことがあればすぐに相談できるチームだったことが成功につながったと思います。今回採用した木造は、 CO2の吸収と貯蔵に貢献し、排出量も抑えられるため、現在カーボンニュートラルの側面からも注目されています。今後もこうした、地球環境保全に貢献するプロジェクトを手がけていきたいと考えています。
顧客名 | 日立製作所 |
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所在地 | 茨城県日立市 |
用途 | 企業ミュージアム |
延べ面積 | 4,553m² |
主構造 | RC造一部S※4造、W※5造 |
階数 | 地上2階 |
竣工年月 | 2021年11月 |
*インタビュー内容は、2024年サイト掲載時のものです。