小学生の頃、新しい校舎に胸を躍らせた原体験が忘れられず、設計の道に進んだ高橋駿太。その海老名市立東柏ヶ谷小学校を設計した会社が日立建設設計だと知り、迷わず就職先に決めたといいます。そして今、高橋は母校を設計した千田喜美男と共に学校建築に携わっています。時を経て同僚となった二人が、学校建築について思い出の校舎で語り合いました。


対談概要

Talk Member
関係者の所属・役職は対談時点のものです。
あの時の感動の理由を受け継ぎ、
形にしていく

建物には
人の気持ちを動かす力がある
高橋 この東柏ケ谷小学校の新校舎が竣工したのは2007年でした。小学校4年生の冬休み明け、待ちに待った新校舎の開校式にワクワクしながら登校したのを鮮明に覚えています。建て替え中の2年間はグラウンドの狭い仮校舎で過ごしていたので、校舎の完成を本当に楽しみにしていました。真新しい校舎は見るものすべてが新鮮で、友達と「うれしいね!」と校内を巡りました。先生や同級生も皆、笑顔で、学校の中が一挙に明るくなったようでした。「中にいる人は同じなのに、建物ひとつでこんなにも雰囲気が変わるんだ」と、その時に感じた驚きと感動は、後に僕が設計者を志す原点になりました。
千田 それは、設計した甲斐がありました。
高橋 就職活動の時に「そういえば小学校を設計したのはどこの会社だろう」と調べてみたら日立建設設計だと分かり、ここで仕事をしたいと思いました。面接でこのエピソードを話し、「設計者の話を直接聞きたい」とお伝えしたところ、人事の方の計らいで、千田さんとお話しする機会をいただきました。最終面接後の思いがけない対面にすっかり舞い上がり、千田さんを質問攻めにしてしまいましたね。
千田 当時はコロナ禍で画面越しだったけど、「校舎はなぜ黄色にしたんですか?」「南側にあった池がなくなったのはなぜですか?」と熱心に聞かれたのを覚えています。それにしても、自分が設計した学校で育った児童と一緒に働く日が来るなんて、夢にも思いませんでした。驚きはもちろんですが、とても感慨深いものがあります。
高橋 こうして千田さんと学校施設の設計をご一緒できるようになって、本当に光栄です。

経験を伝え、
次世代を育てる
高橋 千田さんは、今は品質保証本部に所属されていて、僕たち若手設計者のサポートもしてくださっていますよね。
千田 そうだね。品質保証本部の本来の仕事は、高橋君たち設計チームの設計内容が施主の要求や法的な制約を満たしているか、また必要な配慮が適切に盛り込まれているかを確認することです。いわば「設計品質の砦(とりで)」となる役割ですね。それに加えて、私は長らく学校設計を担当してきたから、これまでの経験をもとに、君たち若手の育成にも関わっています。ちょうど先日、高橋君と一緒にやっていた中学校の設計が3年越しで完了したところだね。
高橋 はい。設計で迷うことがあっても、千田さんに相談できるのでとても心強かったです。法律や構造など諸条件については事前に調べ、自分なりの答えを見つけた上でアドバイスをもらうようにしていたのですが、おそらくその時点で千田さんの頭の中には何通りもの答えが用意されていたのだと思うんです。複雑な条件がどう影響しあうかを考慮した上で、すっとヒントを提示してくださる。その精度の高さにいつも驚かされていました。
千田 私も、自分の考えをしっかりまとめた上で相談してくる高橋君の姿勢をとてもよいと思っていました。時に、そんな考え方もあるのか、と新しい視点に気づかされることもあったし、最新の法規をしっかり調べて「今はこんな風に変わっているんですよ」と教えてくれることもあったよね。それに、高橋君は自分の担当範囲だけでなく、全体スケジュールもコントロールしてくれてとても助かっています。
高橋 僕は慎重な性分というか、全体が分からないと心配で…。実はスケジュール管理が一番大変かもしれません。
千田 プロジェクトにはさまざまな専門家が関わるから、それを束ねて日程通りに進めるのは骨が折れるよね。しかし、高橋君は本当によくやっていて頼もしいよ。



@AB
@ぎんなんロードから見る校舎。回廊の直線とテラスの曲線の対比が特徴。
A図書室。大階段上の昇降口を抜けるとすぐ目の前にあり、学校の中心に据えられている。
Bトイレ内のベンチ。明るい雰囲気づくりのためのアイデア。
年月が経っても色あせない
豊かな空間

子どもの目線の先に
何が見えるか
千田 この学校の顔は、なんといっても中庭のぎんなんロードから立ち上がる大階段だと思っています。1階と大階段を上った2階の両方に昇降口(児童が出入りする玄関)をつくり、児童数の増加に対応できるようにしました。大階段は単なる通路ではなく、人が集い、さまざまな行事で使用する舞台のような場所として設計しました。
高橋 小学生の頃、この大階段の上から見る景色が好きでした。中庭が一望でき、校舎の黄色が目に飛び込んでくるんです。校舎を黄色にした理由は「かつてここにあったイチョウの木の記憶」だと千田さんに伺って、とても感動しました。
千田 以前、中庭にはイチョウの木がたくさん植えてあって、秋になると一面が黄金色に染まるのが印象的でした。建て替えでイチョウを伐採せざるを得なかったのだけれど、その風景の記憶は残したかった。だから校舎の壁を黄色にし、中庭の通路を「ぎんなんロード」と名付けました。
高橋 黄色は「土地の記憶」を残すためのものだったんですね。それとこの校舎で特徴的なのは円形のテラスですよね。この形はどういう意図があったのですか?
千田 単調に教室が並んでいるよりも、形に変化があったほうが使う人も楽しいでしょう。例えば図工室や理科室のテラスは広めにとることで、屋内外を行き来してひとつの空間として使えるようにしたり、図書室の隣にはイチョウの木を囲むように屋外テラスをつくったり…。場所ごとに異なる表情を持たせました。それと変則的な建物だからこそ、下から回廊を歩く人を見上げたり、向いのテラスにいる人が見えたり、と自然と人の視線が交差することも意図しています。
高橋 僕は、図書室の明るい窓辺で本を読むのが大好きでした。ガラス張りでグラウンドの様子が眺められるのがいいですよね。実はさっき、当時好きだった本を開いてみたら、貸出カードに僕の名前が残っていてびっくりしました!
千田 15年以上も前なのに!それは驚きだね。

子どもたちの
居場所をつくる
千田 設計するときは、人の流れとその人たちの視線の先に何が見えるかを常に意識しています。例えば、正門から入って中庭を歩くと、その先にグラウンドが見通せます。また、大階段を上り、昇降口を抜けると目の前に図書室がある。図書室を学校の中心として、そこから子どもたちがどう動くか、どこで立ち止まるか、どこで座るかを想像しながら設計しました。
高橋 この学校はあちこちにベンチがあることも特徴的ですよね。
千田 子どもたちの居場所をたくさんつくりたかったのです。廊下や図書室の横、トイレの中までベンチを設置しました。特にトイレは「暗い・汚い・臭い」というイメージを変えたかった。たくさんあるベンチは、コミュニケーションが生まれる空間にするためのアイデアです。
高橋 そうだったんですね。まさに、トイレのベンチで、友達と楽しくおしゃべりしていた記憶があります。僕が特に気に入っていたのは、図書室の横のベンチでした。あそこは妙に落ち着く空間なんですよ。それとグラウンドに出る階段の横にある小さなスペースでもよく友達と過ごしていました。
千田 子どもはそういう隙間にあるような場所が好きだよね。あと、この学校の象徴的な場所として提案したのが2層吹き抜けのランチルームです。正門を通って中庭から直接アクセスできるガラス張りの開放的な空間は、地域の人々も使える多目的な場所として設計しました。
高橋 月に一度、ランチルームで特別給食を食べるのが楽しみでした。その日は特別なデザートが出るんです。日差しがたっぷり入る明るい空間は当時の印象のままですね。
千田 手入れしながら、きれいに使っていただいているのを感じました。今日は高橋君と校内を巡り、こだわってつくった空間が自分の想像した通りに使われていたと分かってうれしかった。20年ぶりに答え合わせができた気分です。



@AB
@学校の顔の大階段。広く設けた踊り場は、ステージとしても活用できる。
A教室前のベンチ。休み時間になると生徒が集まるコミュニケーションスペース。
B2層吹き抜けのランチルーム。地域に開かれた空間として多目的に利用できる。
設計者のこだわりが
詰まった学校

対話の積み重ねが
挑戦的なデザインを実現する
高橋 回廊の直線とテラスの曲線が交わっていたり、丸柱と四角い柱を場所によって使い分けていたり、外壁にコンクリート打ち放しやタイル貼りを採用していたりと、設計者になった今、改めて見ると、随所で挑戦的なデザインをしていたことがよく分かります。曲線の付いたテラスや丸柱は美しいですが、構造的にもコスト的にも実現までの道のりが大変だったのではと想像します。どうやって関係者に納得してもらったのですか?
千田 そこは根気強く、なぜそうするのか、実現したらどんな効果が期待できるのかを一つ一つ丁寧に説明して共感していただくほかありません。この案件は基本設計から実施設計まで約1年という短い期間でしたが、対話を通じて担当者の方々にこちらの意図を深く理解していただけたおかげで、非常にスムーズに進めることができました。提案時に骨子を共有できていたことも大きかったですね。

理想の学校の
つくりかた
高橋 僕が学校の設計をするときは、常に、この小学校で過ごした子ども時代の原体験が頭の中にあります。先生方の快適な職場環境づくりも大切にする一方で、やはり何をおいても「子どもたちがどう感じるか」を大切にしたい。千田さんは学校の設計をするとき、何を一番の軸にしていますか?
千田 学校は子どもたちが家と同じくらい長い時間を過ごす、生活の場所でもあるのですよね。勉強だけでなく、友達と語らったり、一人で思索したり、彼らが成長していく舞台でもある。だからこそ、画一的な空間ではなく、彼らの多様な過ごし方を受けとめられるような、さまざまな種類の居場所が散りばめられた学校が理想だと思っています。また、学校は地域のコミュニティの核でもあります。昨今はセキュリティを重視するあまり、閉鎖的な場所になりがちですが、区画を分けたり見通しの良さを確保したりすることで、安全を担保しながら開かれた場所にすることも意識しています。
高橋 今日、千田さんとお話をしていて、設計者は「利用者にここでどう過ごしてほしいか」という明確なイメージと強い意志を持つことが大事だと改めて思いました。学校建築には自治体や学校、地域社会など、多くの関係者からさまざまな意見をいただくわけですが、その軸をぶらさずにしっかり向き合い、最大限こだわって提案していきたい。いつか僕もこの学校のように、子どもたちの記憶に残る、こだわりの詰まった学校をつくりたいです。
対談を終えて

千田 喜美男
Kimio Chida
設計者は、自分が手掛けた学校の使い手と話す機会はほぼないので、今日は本当に感慨深い時間でした。先生から、今も休み時間になると教室前のベンチに子どもたちが集まってきて楽しく過ごしている、というお話を伺いうれしくなりました。自分がこだわりを持って設計した空間が、20年経ってもこんなにきれいなまま残っていて、思い描いた通りに使われている。それを目の当たりにできて設計者冥利に尽きる体験でした。

高橋 駿太
Shunta Takahashi
久しぶりにこの小学校に来て、当時の楽しかった思い出が蘇りました。校内を巡りながら、気になっていた場所について一つ一つ千田さんの解説を聞くことができ、とても勉強になりました。また、思いがけず中学校時代の恩師が教頭先生になられていて、今日お会いすることができました。当時の同級生もこの学校の先生になっていることにも驚きました。学校が地域の拠り所として人々の縁をつないでいることを実感し、学校の設計を続けていくことに改めてやりがいを感じました。
Data
| 顧客名 | 海老名市 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県海老名市 |
| 用途 | 小学校 |
| 延べ面積 | 4,870m² |
| 主構造 | 鉄筋コンクリート造 |
| 階数 | 地上4階 PH1階 |
| 竣工年月 | 2007年12月 |

*内容は、2026年3月時のものです。


